高野山の文化と歴史講座 特別編
豊臣秀頼・淀殿五輪塔
の修復について
今川泰伸師
(総本山金剛峯寺執行長・高野山真言宗宗務総長)
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木下浩良
(清浄心院・高野山文化歴史研究所 所長)
この度、清浄心院が管理している奥之院の豊臣秀頼・淀殿の2基の五輪塔が、総本山金剛峯寺と国の補助金によって元の姿に修繕されました。これを記念し、今回は総本山金剛峯寺執行長・高野山真言宗宗務総長の今川泰伸師に、清浄心院高野山文化歴史研究所木下浩良所長が特別インタビューを実施。今川総長の高野山の文化財に対する想いなどをお聞きしました。
銘文に刻まれた秀頼と淀殿の法名
木下浩良所長 今回は金剛峯寺当局のご尽力を頂戴しまして、秀頼と淀殿の五輪塔の修復が成り、嬉しい限りです。
今川泰伸宗務総長 今まで秀頼と淀殿の五輪塔があったことを知らなかったので、今回その存在を知って驚いた次第です。この両人の石塔があることは、高野山のガイドブックにもありませんが、どうして分かったのですか?
木下所長 この2つの五輪塔には銘文がありまして、それぞれ秀頼と淀殿の法名が刻まれていました。年月日も刻まれていて、それが大坂城の落城の日である慶長20年5月6日とあったのです。それで、この2つの五輪塔が秀頼と淀殿のものと分かりました。
今川総長 清浄心院が管理している場所に、どのような経緯で秀頼と淀殿の五輪塔があるのですか?
木下所長 想像の域を出ませんが、当時、徳川家康が清浄心院の住職と懇意にしていた(※1)のが、その理由かと思います。五輪塔には「大坂冬の陣と夏の陣において、家康の傍で陣僧として戦勝祈願をしていた筑波山知足院の僧侶が取り次ぎをした」と銘文があります。豊臣方を滅ぼした徳川家康自身がスポンサーになって、この2基の五輪塔を建てたものと推理します。
今川総長 歴史的に有名で重要な人物の石塔が修繕になり、私も意義深い事業が成し遂げられてよかったと思っています。
木下所長 じつは、この2つの石塔は風雪にさらされ、破損していました。淀殿の五輪塔の火輪部分は半分が欠落して、崩壊の危険があったのです。秀頼の五輪塔も地輪と水輪は何とか立っていましたが、火輪・風輪・空輪は転落していました。
今川総長 淀殿の五輪塔は、よく倒壊しませんでしたね。
木下所長 はい、私も驚いています。以前、淀殿の五輪塔を参詣人の方にご案内したところ、「これは淀殿の執念ですね」と仰った方がいましたが、そうだなぁと思ったものでした。
今川総長 今回、元の姿に修繕されました。ご覧になられていかがでしたか?
木下所長 嬉しくて感激しました。冥府の秀頼と淀殿も喜んでいらっしゃるものと思います。金剛峯寺当局の御英断に心より感謝申し上げます。
参照※1「徳川家康と清浄心院住職の関係」
高野山全体を一円文化財として維持
今川総長 秀頼と淀殿の石塔の修復は、これから金剛峯寺が始める奥之院参道墓石の整備事業第1弾です。今後も毎年1カ所程度を修繕する計画を立てています。
木下所長 私は石塔研究が専門ですが、素晴らしい事業を立ち上げられたことに心より心髄致しました。私でよろしければ、今後もご協力させて頂きたく存じます。
今川総長 ありがとうございます。木下先生のお知恵も頂けたら幸いです。
木下所長 さて、石塔だけでなく、高野山の文化財についていかに保持し、未来につなげていくのか。今後ますます議論されるものと思います。今川総長のお考えをお示し頂けたらと存じます。
今川総長 私は高野山全体を文化財として捉え、護持していくことが最善と考えております。その想いから、まずは奥之院の参道にある石塔の修復に取り掛かることにしました。
木下所長 素晴らしいです。高野山全体を文化財とする訳ですね。
今川総長 当然のことながら、その実現には時間を要するものと思いますが、一歩一歩前進したいと思っています。高野山の文化財を後世に残すことが我々の使命だと考え、お大師様の御心にも叶うことと思っています。高野山全体を一円文化財として維持する。10年後、100年後、さらにその先の未来へ向けてのグランドデザイン(長期的・大規模な計画)を実施します。
木下所長 可能でしたら、もう少し具体的なお話をお伺いしたく存じます。
今川総長 優先的に取り組んでいるのが、高野山霊宝館の増設です。現在の建物は既に文化財ですから、それを維持したままで、現代にマッチした最新技術を駆使したいと考えています。霊宝館が単なる宝物の収蔵庫ではなく、高野山の文化財を自前で修復する役割を担う所にしたいと思っています。文化財は収蔵庫に眠らせるだけではいけないと思います。
木下所長 新しい高野山霊宝館の姿ですね。
今川総長 もちろん、文化財修復の研究も必要で、文化財研究所の性格も併せ持ったニュー高野山霊宝館像を企画したいと思っています。また、文化財修復の様子も入館者の方にご覧になっていただけるような工夫も考えています。また、霊宝館だけでなく、高野山の近代建築物の根本大塔や金堂、奥之院の御廟前の燈籠堂なども文化財指定を目指したいと考えています。そうすることで、何千年も先にまで、永遠に高野山が残るようにしたいと考えています。
木下所長 高野山の伝統と文化が、文化財指定により永く受け継がれることになるわけですね。
今川総長 高野山の塔頭寺院が並ぶ街並みや、道路などすべてが高野山の文化財だと思います。高野山が日本だけでなく、世界中の人たちの心の故郷であってほしいと切望します。そのための施策はこれからも出していきたいと思っています。
木下所長 力強いお言葉を頂戴しました。私も微力ではございますが今川総長のお考えに添いますよう頑張ります。今日は貴重なお時間を頂きました。ありがとうございました。