霊宝館「高野山の名宝」展の見どころ2【地獄・極楽の世界】

怖い?知りたい?〜地獄・極楽の世界〜 解説/大森照龍(高野山霊宝館長)

 高野山霊宝館では世界遺産登録20周年記念として、令和6年10月14日まで、大宝蔵展「高野山の名宝」を開催中です。運慶作・八大童子(国宝)をはじめ、多数名宝を展示するほか、「あの世」に存在するという地獄・極楽をテーマに企画展も同時に行っています。この展覧会に合わせ、高野山霊宝館の大森館長にお話をお聞きしました。今回はその第2回目になります。

高野山霊宝館の大森館長と木下所長
現在、開催中の「高野山の名宝」展

十王図(じゅうおうず)の世界とご供養

 高野山霊宝館の今回の名宝展では「地獄・極楽の世界」とのテーマのもとに、「十王図」が展観されています。十王とは、あの世の冥土 (めいど)で、亡なくなった人を裁く10人の裁判官のことです。死者は死後の七日毎に7人の王から裁判を受けることになります。順にそれぞれの王と日にちを挙げると次のようになります。

秦広王(しんこうおう)(初七日)
初江王(しょこうおう)(十四日)
宋帝王(そうていおう)(二十一日)
五官王(ごかんおう)(二十八日)
閻魔王(えんまおう)(三十五日)
変成王(へんじょおう)(四十二日)
泰山王(たいざんおう)(四十九日)

 この7人の王の四十九日の判定の後に、さらに3人の王より裁判が受けられることになります。この3人の王は死者が亡くなって、百ヶ日・一周忌・三回忌の時の裁判となります。この3人の王は次のようになります。

平等王(びょうどうおう)(百ヶ日)
都市王(としおう)(一周忌)
五道転輪王(ごどうてんりんおう)(三回忌)

 この一覧をご覧になって気づかれると思います。人が亡くなって初七日・十四日・二十一日・二十八日・三十五日・四十二日・四十九日・百ヶ日・一周忌・三回忌と供養される理由は、この10人の王の裁判を良きものにする意味があったのです。
 要するに、十王とは、死者の生前中の行いの審判を行う10人の「裁判官」で、順番に従い一回ずつ審理しました。ただし、各審理で決定されたら、次からの審理はなく、抜けて転生していったとされています。
 そして、この10人の王は実は仏が姿を変えたものでした。これを、本地仏(ほんじぶつ)といいます。これも一覧にしますと、次のようになります。

秦広王⇒不動明王(ふどうみょうおう)
初江王⇒釈迦如来(しゃかにょらい)
宋帝王⇒文殊菩薩(もんじゅぼさつ)
五官王⇒普賢菩薩(ふげんぼさつ)
閻魔王⇒地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
変成王⇒弥勒菩薩(みろくぼさつ)
泰山王⇒薬師如来(やくしにょらい)
平等王⇒観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)
都市王⇒勢至菩薩(せいしぼさつ)
五道転輪王⇒阿弥陀如来(あみだにょらい)

 今回、高野山霊宝館で展示されている「十王図」のそれぞれに、王の上に仏や菩薩が描かれているのは、そのような意味があるからなのです。以上の十人の王に関する信仰のことを、「十王信仰」といいます。

十三仏(じゅうさんぶつ)に導いていただく

 室町時代以降になると、10人の王からさらに3人の王が加わって、13の王とそれぞれの仏の十三の仏が発展的に信仰されていきました。この13人の仏や菩薩たちのことを十三仏といいます。この追加の3人の王とそれぞれの仏・菩薩と供養される日を挙げると次のようになります。

蓮華王(れんげおう)⇒阿閦如来(あしゅくにょらい):七回忌
祇園王(ぎおんおう)⇒大日如来(だいにちにょらい):十三回忌
法界王(ほうかいおう)⇒虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ):三十三回忌

 最初は、亡くなった人の供養が三回忌までだったのが、三十三回忌まで時代を経ることに伸びた様が伺えます。十三仏の役割は、閻魔王を初めとする裁きの場面で、極楽浄土へ行けるように救済をするという共通の使命を持っているのです。悪人であっても、あの世では救済されるのです。十三仏は、初七日から三十三回忌まで、遺族が行う法要(法事)をそれぞれ見守っているのです。
 追善供養の際は、故人に対してというよりは、本地仏に対して、亡くなった方の供養が成就するように祈ることが正しいのです。私たちは自力で浄土へ行くことはできないとされ、十三仏に導いてもらうことで、極楽浄土への道が開かれると考えられているのです。
 追加された3つ仏の阿閦如来・大日如来・虚空蔵菩薩は、真言宗では大事な仏様です。このことから真言宗の影響で出来たものと考えられます。亡くなった人は、三十三回忌以降は個別の先祖としてではなく、その家の「先祖代々」として祀られ、遺族にとっては「ご先祖様」となる訳です。

嘘をついた人は閻魔大王から舌を抜かれる

 十王の中でも有名なのが、閻魔王です。閻魔王は怖いだけでなく、やさしい面も兼ね備えているとされています。それは、これまでにも説明しましたように、閻魔王は地蔵菩薩が姿を変えた王なのです。
 今回展観されている、「十王図」にも閻魔王の上部には地蔵菩薩が描かれています。その点、「十王図」は大変見ごたえのあるものとなっています。一般には、閻魔王が最終審判となり、これまでの諸王の取り調べを受けて、死者が天上(てんじょう)・人間(にんげん)・修羅(しゅら)・畜生(ちくしょう)・餓鬼(がき)・地獄(じごく)の六道(ろくどう)のうち、どこに転生するかがここで決定されることになります。これを引導(いんどう)と呼びます。「引導を渡す」という慣用句の語源となっています。
 死者は、閻魔王の宮殿にある「浄波璃(じょうはり)の鏡」という、水晶でできた鏡に映し出される「生前の善悪」を証拠に裁判は推し進められます。「嘘をついた人は閻魔大王から舌を抜かれる」という言葉がありますが、ここでは高度な嘘発見機のように嘘は必ず暴かれると言われています。この閻魔王の本地仏が、地蔵菩薩であるとは先に紹介しました。なぜ、我が国では地蔵菩薩が大変人気があり、路傍の石仏も地蔵菩薩が多く彫刻されたのか、その背景を読み取ることができます。地蔵菩薩と閻魔王はイコールだったのです。

 今回の高野山霊宝館の特別展には、大森館長も「是非ともご覧いただきたい」と自信をもって仰っています。この機会を逃すことなく、足をお運びいただきたくご案内申し上げます。合わせて、清浄心院の運慶作の伝承の仏像をご覧いただき、毎日清浄心院では年忌法要にこだわることなく、護摩法要が執り行われています。清浄心院にもあわせてお運びいただきたくご案内申し上げます。

文:木下浩良

高野山霊宝館の特別展
https://www.reihokan.or.jp/tenrankai/list_tokubetsu/2024_07.html