佐竹義處奉納「理趣経」1巻/江戸時代中期
3月1日から5月31日まで清浄心院「春の寺宝展」にて展示されている江戸時代の大名・佐竹義處(さたけよしずみ)が奉納した「理趣経(りしゅきょう)」1巻。清浄心院が所蔵する中尊寺経と同様に、紺色の紙に経文の文句を金字で書写した経典です。木下浩良所長がこの巻物の歴史をお話しいただくとともに、詳細についてわかりやすく紹介してくださいました。ぜひ、この会期中にご覧ください。


これまでにもご紹介しましたが、清浄心院には国宝に指定されている中尊寺経の中の3巻を所蔵しています。この経典は、奥州藤原氏の初代藤原清衡(ふじわらのきよひら:1056~1128)が、永久(えいきゅう)5年(1117)から9年間もかけて、天治(てんじ)3年(1126)に完成させて岩手県中尊寺に奉納したものです。紺色の紙に経文の文句が一行ごとに金字と銀字で交互に書写されています。平安時代後期のもので素晴らしいものです。
清浄心院には、この中尊寺経と同様に紺色の紙に経文の文句を金字で書写した経典がもう一つあります。それがここに紹介します、佐竹義處(さたけよしずみ)が奉納した「理趣経(りしゅきょう)」1巻です。
この経典は、江戸時代中頃の貞享(じょうきょう)2年(1685)に書写されたものですが、とても貴重なものとして清浄心院にとっては寺宝の一つとなっています。
中尊寺経と同じく巻物仕立て(巻子本(かんすぼん))で、紺色に染めた紙に金字で経文が書かれています。この紺色に染めた紙のことを、「紺紙(こんし)」といいます。和紙を藍で染めたものです。金字のことを「金泥(きんでい)」といいます。金を粉末状にして膠水(にかわすい:膠が入った水)で溶かした絵具です。
それで、紺紙に金泥 で経文を書いたものとなり、正式には「紺紙金泥経(こんしきんでいきょう)」と呼称されるものです。
さらに、この経典の豪華さを飾っているのが、巻物の軸の上下に付けられている経軸端(きょうじくたん)です。豪華なしつらえで、水晶でできています。要するに、高級な装飾を施された経典ということになります。


この経典を清浄心院に奉納した佐竹義處(1637~1703)は、出羽国秋田藩20万石の第3代藩主です。本経典の巻末には、
貞享二年乙丑正月廿日
秋田城主従四品捨遺左京大夫源義處拜書
とあります。佐竹義處自身が貞享2年(1685)1月20日に書写した経典であると明らかにしています。「従四位(じゅしい)」とは、位階における位(くらい)です。江戸時代の武家社会では、国持大名(くにもちだいみょう)の国主(こくしゅ)か、それに準ずる準国主(じゅんこくしゅ)が従四位の位にいました。「捨遺(しゅうい)」とは「侍従(じじゆう)」のことです。侍従は天皇に近侍した官人のことをいいます。実際はこの侍従の役職を佐竹義處を務めるのではなく、「侍従」を名乗ることを江戸幕府が認めることが名誉なことだったのです。
「左京大夫(さきょうのだいぶ)」とは、京都の街中を東西に分けて「左京」と「右京」としていました。このことは現在の京都市内の地名として残っています。左京と右京のそれぞれに左京職(さきょうしき)と右京職(うきょうしき)が置かれました。左京職の長官を左京大夫(さきょうのだいぶ)、右京職の長官を右京大夫(うきょうのだいぶ)といってました。佐竹家では代々、左京大夫を名乗っていました。幕府もそのことを認めていたのでした。
「源(みなもと)」とは、佐竹氏の本姓です。武士の棟梁だった源氏の流れであることを主張している訳です。
義処は財政難に苦しむ藩政改革に取り組んだ名君として知られています。寝食を忘れて、傾いた財政を建て直しに努力しましたが、その実現を見ることもなく元禄16年(1703年)に死去しました。
義処が本経典を清浄心院に奉納した理由も、その藩政改革の成就を願ってのことと想像をたくましくさせます。正月20日に書写したことも、新たな一年を迎える20日の日に奉納したことは、清浄心院の廿日大師の信仰を義処が持っていたことを伝えているのではないかと連想します。実は佐竹氏は代々、戦国時代から清浄心院を宿坊としていました。いわば、佐竹氏は清浄心院にとって有力なスポンサーの一人でもあったのです。
書写された経典の理趣経とは、真言宗の根本経典の一つの金剛頂経(こんごうちょうきょう)の中から教えの教理と功徳を説いた部分をまとめて一巻にしたものです。経典の翻訳者は中国の唐時代に活躍した、空海の師匠の恵果(けいか)のさらに師匠にあたる不空(ふくう)です。真言宗の教えの精粋を説いた経典として、真言宗内では日常に読誦される経典です。真言宗で真理そのものとされる大日如来(だいにちにょらい)が菩薩の金剛薩埵(こんごうさった)に対して、一切が本来は清浄(しょうじょう)であることを説いています。
なお、理趣経の概要については、池口恵観先生著書の『お大師さまの「生老病死」学-苦難の先に救われる-』(セルバ出版、2023年刊)の中で分かり易い文章で記されています。ご興味のある方は、是非とも同著をご覧ください。 木下浩良
