霊宝館「密教美術~文化財のあれこれ~」-大森龍照 霊宝館長に聞く-
僧侶が一人前になる儀式「潅頂/かんじょう」とは?
高野山霊宝館では、本年度冬期平常展として「密教美術~文化財のあれこれ~」と題して各種の文化財が展観されています。期間は3月30日(日曜日)までの開催です。大森龍照霊宝館長は、今回の展示について「普段はあまり知られていない高野山の文化財を取りあげて、皆様へ興味を持ってご鑑賞いただければとの想いで企画しました」とお話ししていただきました。

大森館長が今回の数々の文化財の中でも特に注目されているものとして、和歌山県指定文化財の「白銅手錫杖(はくどうてしゃくじょう:金剛峯寺蔵)」を挙げられました。弘法大師が使用していたとの伝えられているもので、白銅製であることから作られた当初は銀色に輝いていた、素晴らしい作品だとのご指摘を頂戴しました。
次に、大森館長は「神道灌頂道具類(しんとうかんじょうどうぐ:龍光院蔵)」を挙げられました。かつて、高野山では神社の神主が行う祭祀も、僧侶が行っていました。そのためには、僧侶であっても神道における祭祀を行うプロにならなければいけませんでした。
一人前の僧侶になる儀式を「灌頂(かんじょう)」といいましたが、同様に神道における「灌頂」をする必要があったのです。その特殊な「神道灌頂(しんとうかんじょう)」をする道具類が今回展示されています。江戸時代の遺品ですが、これまで発見されていない貴重な文化財です。是非、ご覧いただけたらと思います。私も今回初めて見させていただきました。
なお、真言宗の僧侶として灌頂に至るまでの課程を下記に挙げます。一般にはほとんど知られてないものと思います。ご参考になれば幸いです。僧侶への道も、多くの時間と研鑽が必要だと分かります。
①得度(とくど)
出家して僧侶となる儀式のことです。剃髪して、僧侶の衣をまとい仏門に入るます。
②受戒(じゅかい)
仏門 に入った者に対して戒律を授けるものです。在家信者は、生きものを殺さない・盗まない・淫らな行いをしない・嘘をつかない・お世辞などを言わない・悪口を言わない・二枚舌を使わない・むさぼらない・怒らない・間違ったものの見方をしないの10の戒律を受けますが、僧侶はその10倍以上の数の100以上もの戒律を受けることになります。
③四度加行(しどけぎょう)
十八道・金剛界・胎蔵界・護摩の4つの行法を行います。この4つの課程が終わるには、現在100カ日間は必要ですが、かつては1000日間は必要だったとされています。それぞれの課程を合格する必要がありました。
上記の①~③が終わって僧侶は灌頂を迎えますが、昔はこの灌頂も全ての修行が終わったからといって、無条件に成されることはありませんでした。その僧侶が本当に灌頂を授けられていいものなのか、いわば最終試験のような人物査定を見極められてから行われたのでした。
その意味では、灌頂の儀式が終わったといっても、僧侶は終生が修行であったのです。真言宗は36の流派がありますが、かつての僧侶たちは一つの流派の灌頂を終えただけでは満足することなく、その諸々の流派の勉学と修行の日々を過ごして、それぞれの流派の灌頂を受けていたのでした。
この「神道灌頂道具」を拝見して、つくづくと以上のことを想いました。現在は、神道灌頂を行われることはありません。明治政府が強行した神仏分離が影響していました。昭和時代の初めころを、神道灌頂の歴史を最後にしています。弘法大師空海は、神様を仏様以上に大切にしていました。今回の展示から、かつての僧侶たちが、その宗祖の想いを受け継いでいた様も、まざまざと見た想いでした。 木下浩良