上杉謙信書状(清浄心院宛)/室町時代
戦国大名で有名な上杉謙信の書状です。内容は清浄心院から祈祷の報告を受けたことと、その時に清浄心院から贈られた扇子や織物に対する、上杉謙信のお礼が述べられています。謙信は、その返礼として銭二百疋を進呈して、詳細は後から出す手紙に記すとしています。上杉謙信が長尾景虎の名を使っていることから、年号は明らかにしていませんが、天文13年(1544)~永禄3年(1560)の間に発給されたものと考えられます。

「毎年のごとく、御祈念有り」とあることにより、上杉家から清浄心院へ毎年にわたり祈祷の依頼があったことが分かります。そのことにより、上杉家は謙信以前より清浄心院と宿坊関係を結んでいたことが推察されます。
上杉謙信が本状で示している自身の「祈念」の内容は明確にしていませんが、おそらくは武田信玄との川中島の戦いの最中であったことを考えますと、戦勝祈願の祈祷が清浄心院で成されたものと推定します。謙信が祈祷のお礼として示した「銭二百疋」は米に換算しますと2石(こく)に相当します。1石は大人が一年間に食べるお米の量ですので、大人2人分となります。上杉家からの返礼の大きさを思わざるを得ません。
木下浩良
如毎年之、有御祈念、
御巻数幷扇子薄板
物贈賜候、珍重目出候、
仍鳥目弐百疋進之候、
萬々、期後音之時候、恐々
謹言
七月廿四日 景虎(花押)
清浄心院
尊報
(読み下し文)
毎年のごとく、御祈念有り。
御巻数(おかんず)並びに扇子・薄板物、
贈賜(ぞうし)候(そうろう)。珍重(ちんちょう)目出(めで)候(そうろう)。
よって、鳥目(ちょうもく)二百疋(ひき)これを進め候(そうろう)。
万々(まんまん)、後音(こういん)の時を期し候(そうろう)。
恐々謹言(きょうきょうきんげん)

高野山宿坊 清浄心院【公式】


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