『味吉兆』中谷隆亮氏×『清浄心院』寺務長・松村篤史氏 対談

清浄心院では高野山の歴史を生かしつつも、これまでにない新しい精進料理を探求して、2022年から大阪の料亭『味吉兆』と連携した食事会と料理教室を開催してきました。宿坊で提供する精進料理はこうした取り組みの中から生まれ、少しずつ献立として取り入れてきました。伝統の中に新しさがきらりと光る清浄心院の精進料理。その監修を務めた大阪の名店『味吉兆』の中谷隆亮氏と、清浄心院寺務長・松村篤史氏が対談しました。

中谷隆亮氏

松村篤史氏
―料理会や勉強会を開催するようになった経緯を教えてください。
松村 清浄心院の寺務長になった時、「お寺に来ていただく大きなきっかけのひとつに食がある。だから精進料理をより良いものにしよう」と思い、今の高野山の精進料理とは何かを一緒に考えていただける方を探して、『味吉兆』さんをご紹介いただきました。
―「今の高野山の精進料理」とは?
松村 現代における「新しい伝統料理」ということです。足掛け4年で、料理会の回数を重ねて、本当に色んなお料理をつくっていただきました。今では定番となったクレソン鍋と生麩の照り焼きは、初回の料理会でつくっていただいたものです。
―『味吉兆』として、これまで精進料理をプロデュースしたことはありましたか?
中谷 いえ、なかったですね。普段お出しする懐石料理では出汁に鰹を使います。むしろ和食はそれが基本ですから、鰹を使わずにおいしい和食をつくろうと思うと、これまた苦労があるものです。
―はじめての取り組みに際して、何を一番最初にお考えになりましたか?
中谷 実は私の父の代から、滋賀県・大津市の月心寺というお寺で毎年精進料理を頂いてました。そちらのお料理が非常においしくて有名なのですが、庵主さんがお亡くなりになってしまったんです。ですからこのお話をいただいた時に、僭越ながら少しでも庵主さんの意思を継ぐお手伝いができたらいいなと考えました。
―現代人の生活の中で、改めて「精進料理」の良さとは何でしょうか?
松村 私の親戚が高野山を訪れた時に、出発の直前で病気になってしまいました。着いた時は食欲がなかったのですが、「精進料理だったら食べられる」と言って、清浄心院で2泊した結果、すごく元気になって帰って行ったんです。精進料理は肉と魚を使わないので、体への優しさ・ヘルシーであることが最大のメリット。また最近は海外の方でベジタリアン料理を頼まれる方もいらっしゃいます。その際でも精進料理はそのまま召し上がっていただけるのも良さです。
中谷 旅行者の方にはヴィーガンやハラールの方も増えていますからね。
松村 この文化はもしかすると、日本の最先端を行っていたのかもしれないと感じますし、精進料理は今後もっと見直されると思います。

―どうして植物由来の食事は体に楽なのでしょう?
中谷 江戸時代の頃の日本人はご飯とお汁が主でお肉はそんなに食べてなかったはずです。それが日本人のDNAには残っているのではないか、と考えています。ですから牛や豚など脂肪分が多い食事を食べていると、知らない間に体に負担がかかっているのではないでしょうか。
―清浄心院の精進料理は、伝統的な精進料理のきまりを守りつつも、ヘルシーなおいしさがあり、さらには新しさも感じます。
松村 新しいスタンダードができた時に、古いものが消えていくのではなくて、両方残った方がいいと思うんです。そういう意味では、これまでつくって頂いた「春巻き」は象徴的です。調理法は今風ですし、中華の手法を使っている。でも中身は植物性のものを使っているところが新しい。他には生麩の蒲焼も昔からあるわけじゃないですよね。
中谷 これは昭和初期ぐらいにできた、その時代の新しい精進料理だったのではないでしょうか。先ほど申し上げた月心寺さんでいただく精進料理に生麩の照り焼きがあって、それがとてもおいしかったんですよ。
松村 その時代、その時代で新しい精進料理が生まれて、守るところと変えるところがあるんだと思います。

―その新しさの中に、さらに遊び心も感じます。
中谷 遊び心って、とても難しいんですよ。例えば茶会でお出しする茶懐石は、気を衒いすぎるといやらしくなりますから自然な盛りつけと自然な出し方が大事です。でもそればかりじゃつまらない。非日常の何か、ちょっとお客様を驚かそうという遊び心も必要で、その辺はバランスですよね。
―またお出汁をとった昆布を佃煮にしたり、野菜の皮をきんぴらにしたり、酢の物には梅干しを漬ける際に出る梅酢を使ったりと、しまつがいいお料理だと感じます。
中谷 父から「食材に感謝して使う職人は、無闇に捨てへん。大根の葉っぱは葉っぱで、皮は皮で使う。お客さんはいいところしか使わないけど、それ以外は賄いにするとか、考えてつくるように」と厳しく言われてきました。捨てるというのは本当に、最後の最後なんです。
―全国から高野山に来訪される方に向けて和歌山らしさ・高野山らしさを感じるところをお聞かせください。
中谷 やはり、歴史じゃないでしょうか。1200年以上続いてきた宗教都市と、それを麓の方々が支えてきたという歴史。
松村 確かに、歴史が積み重なった厚みが違いますよね。私は初めて高野山に来た時、「こんな標高の高いところに、どうしてこんなに大きなお寺があるんだろう」と思いました。まさに空中の宗教都市というか、大らかな印象でした。この大らかさが高野山が持つ歴史の深さだと思います。ということもあり、清浄心院の精進料理は自由に献立を構成しています。

中谷 日本はある意味でシルクロードの終着点とも言えますよね。色んなものが交流したように料理もさまざま。精進料理というひとつの制約の中で挑戦していけたらと思います。また、高野山はお水もおいしいので、植物性のものだけでつくる精進料理もできるだけ素材の味を引き立てるような料理方法を考えています。せっかくお越しいただいたら、おいしいものを召し上がっていただいて、楽しんで頂きたいですね。
松村 料理がきっかっけで高野山に来る方がひとりでも増えてくれたら、中谷さんたちにお越しいただいた意味があると思います。日本の文化を守る力を持つ高野山というロケーションとそのお力をお借りして、これからも続けていきたいと思います。
<プロフィール>
中谷隆亮(なかたにりゅうすけ)
『味吉兆』代表取締役。高級料亭『吉兆』の創業者・湯木貞一氏から暖簾分けを許可された『味吉兆』初代・中谷文雄が実父。大学卒業後は『東京吉兆』で3年間修業した後、先代の元で研鑽を積みながら二代目に就任。先代が『吉兆』から受け継いだ“世界へ誇る日本の食文化”を守り、国内外へ普及させていくため尽力している。現在、大阪市内にて『味吉兆 ぶんぶ庵』『味吉兆 堀江店』を経営。二店舗とも長年ミシュランガイドで星を獲得している。
松村篤史(まつむらあつし)
高野山清浄心院寺務長。調理師学校卒業後、渡英。帰国後は家業の飲食店を管理・運営、旅館業に携わる。日本文化に興味を持ち茶道・花道の勉強を始め、旅館という舞台で日々花をいけ、室礼、お客様をもてなすことで独自の接客スタイルを確立。35歳の時に独立、オフィスエムを立ち上げ室礼師として旅館の床の間を中心に様々な場所の空間コーディネイトを提案。2018年より価値伝承師として文化・食の普及活動に取り組む。
写真/清水いつ子
取材・文/ヘメンディンガー綾

